東京地方裁判所 昭和38年(わ)6234号 判決
判決理由〔抄録〕
そもそも自動車運転業務に従事するものとしては自動車の運転中その進路前方歩道上に自転車が車道を向いて停止しているのを発見したときにはこの自転車が自己の自動車の直前において車道横断の暴挙に出るかも知れないということを念頭において(現在のわが国の歩行者及び自転車乗用者がこのような暴挙に出て来る事例は、いかんながら、日常いたる所で見受けられることがらである。この意味において、本文記載のことがらは自動車運転者たるものはこれを予測することができ又予測していなければならないのである。)自動車の運転をしなければならずこのことは、自転車と自動車との(たての)間隔が約二十メートルに過ぎずしかもそのとき自転車乗用者がハンドルから両手を放している状態にある場合でも変りはない。従ってかかる自転車を発見したときにはこの自転車と自動車との(横の)間隔が五メートル位に過ぎない場合には自動車の車体が自転車の前方を通過してしまうまでは自転車に注目を続けその動勢に対する警戒を続けながら自動車を進行させなければならない(もしなにか特別の事情があって他の方面に対する警戒をしなければならないため自転車に対する注目ないし警戒を一時解かなければならない場合には、こうして自転車から目を放している間における状況の変化に対処するため自動車の速度を落し遅くとも自転車の手前約二十メートルの地点からは徐行の状態に入らなければならない)という業務上の注意義務が自動車運転業務をする者に課せられているといわなければならない。弁護人はこの点について「この事件の場合自転車が車道上に出てくることは予見可能性がないし、一々出ることを予想して応急措置をとることを要求することは現在の交通事情をなお複雑にするもので法律上このような要求は妥当を欠いている。」と主張するが、このような主張は現在のわが国の歩行者及び自転車乗用者の持っている交通道徳意識(自分自身の身を守ろうとする意識)はその大部分が前記のように非常に低級であり前記のような危険なやり方の道路横断という愚挙(暴挙)の行われることが日常茶飯事であるということを看過している点において賛成し難いのみならず交通事情の複雑化を防止しようということがらを交通事故の発生を防止しなければならないということがら(人の生命身体に対する安全の確保)よりも優位に置こうとしている点において誤っている。